「 奈多氏 」一覧

八幡奈多宮(大分県杵築市 奈多海岸)
戦国古城奈多城

戦国古城奈多城

戦国武将奈多鑑基(あきもと)の城が奈多城である。 鑑基(あきもと)の娘は大友宗麟の正室となった。 大友氏は奈多氏と手を組む必...

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博多の奈多(なた)

博多の奈多(なた)

博多の志賀島に行くつけ根に奈多(なた)がある。 私たちの奈多(なだ)との関係はどうなっているのか? 13世紀の蒙古来襲、いわゆる元寇後、...

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八幡奈多宮と奈多氏の冊子

八幡奈多宮と奈多氏の冊子

ちょこっときつき歴史散歩 「八幡奈多宮と奈多氏」 歴史散歩表紙1 戦国武将・奈多鑑基(あきもと)について解説しました。 ...

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奈多政基・圓照院

奈多政基・圓照院

圓照院殿前大官今圓照宗覺居士  永禄十二年巳七月十五日 鑑基ノ家督政基ト云也 九ケ年相続タリシガ柳川陣ナテ討死シ給フ 右両主ノ墓所ハ井門カ...

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奈多夫人・宗麟の正妻

奈多夫人・宗麟の正妻

 八幡奈多宮の大宮司・奈多鑑基(あきもと)の娘として誕生。大友宗麟の正室は正室・一色義清の娘がいたが、1550年、二階崩れの変の後離縁した。...

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田原紹忍(じょうにん)の末期

田原紹忍(じょうにん)の末期

 文禄2(1593)年に大友氏が改易された後は紹忍も所領を没収された。その後、豊後岡城主中川秀成に与力として仕えた。  中川秀成(ひでなり...

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大友氏を最後まで支えた田原紹忍

大友氏を最後まで支えた田原紹忍

 奈多鑑基の次男・田原親賢(ちかたか)[紹忍(じょうにん)]。 嫡男の田原新七郎は宗麟に仕えていたが、大友館に人質となっていた麻生七郎を虐...

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田原親賢(ちかたか)[紹忍(じょうにん)]

田原親賢(ちかたか)[紹忍(じょうにん)]

 田原親賢(たはらちかたか)、出家後、田原紹忍(じょうにん)。 奈多鑑基(あきもと)の次男で、兄弟に兄・奈多政基(まさもと)、妹は奈多夫人...

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奈多鎮基(しげもと)

奈多鎮基(しげもと)

 大友宗麟は女(娘)を、奥方の甥の鎮基(しげもと)の室に入れた。そして大友氏と奈多氏は一家同様になった。鎮基は鑑基の孫として生まれ、叔父に当...

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戦国武将奈多鑑基

戦国武将奈多鑑基

 奈多鑑基は、大友氏の武将としてたびたび合戦に出陣した。永禄4(1561)年、大友宗麟の中津・小倉方面の戦いに、鑑基は神兵を率いて出陣した。...

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